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令嬢は元暗殺者に恋をする
第4章 私があなたを守ってあげる
 ぱたぱたと、遠ざかっていく軽やかな足音を聞き、ハルはやれやれと肩をすくめる。だが、一息つく間もなく扉が開かれ、今度はベゼレートが姿を現した。

「ずいぶんと賑やかかでしたね。おや? 顔色も良くなったし、熱も引いたようですね。さすが若いだけのことはある」

 途端、厳しい眼差しでハルは医師を睨みつけるが、そんなハルの威嚇にはかまわず、ベゼレートは穏やかな笑みをたたえ、今までサラが座っていた椅子にゆっくりと腰をおろした。

「何をしに来た」

「医者が患者の様子を診に来るのに、理由が必要ですかな?」

「こんな早朝にか?」

 これはこれは、とベゼレートはひたいに手をあて笑う。

「年寄りは朝が早いですから」

 まだ年寄りという年齢でもないだろう、とハルはぽつりと呟く。

「実はその辺りを散歩していたのですよ。家に戻ってみたら楽しそうな声が聞こえたので。それにしても、思っていた以上に元気そうで安心しました」

 ハルは皮肉な嗤いを口許に刻む。

「つまり、散歩帰りのついでに俺の様子を診に来たと」

「そう拗ねるものではありませんよ」

 ベゼレートは立ち上がり、何を思ったのかハルの頭をくしゃりとなでた。
 予想もしない扱いに、ハルは戸惑いの表情を浮かべる。
 まるで子ども扱いであった。

 けれど、馬鹿にしているという風はなく、むしろ頭をなでるその手に、温かい感情さえ感じられた。

「そうそう、あの娘(こ)の相手をしてくれているみたいですね。あんなに楽しそうに笑うサラを見るのは久方振りですよ。少々お転婆なところもありますが、よろしく頼みますよ。優しくしてあげてください」

 何故、俺があの娘に優しくしてやらなければならないのかと、思ったが口には出さなかった。

「それよりも、あんた見たんだろ?」

 ベゼレートはしれっとした口調で何がですが? と問い返す。

「俺の素性を知っていながら、それでもここに置くつもりか?」

 だとしたら、酔狂だ。

 ハルはゆっくりと視線を上げ、油断のならない瞳で医師を見上げた。しかし、ハルの質問には答えず、ベゼレートはまたもや口許に穏やかな笑みを浮かべる。

「また後で傷の具合を診にきましょう。あまり無理してはいけませんよ。傷を治し体力を回復させること。それが今あなたのやるべきことなのですから」
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