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令嬢は元暗殺者に恋をする
第52章 薔薇の棘
 何?
 この人、何を言っているの。
 すごく気持ちが悪い。
 吐き気がする。
 いや!

 肩に置かれたファルクの手に力が入り、サラは目を見開く。
 次の瞬間、ファルクの手が肩から二の腕へと勢いよく落ち服を引き裂かれた。
 剥き出しになった両肩にひやりとした夜気があたる。

「どうせ私たちは夫婦となるのだ。今この場であなたを抱こうと何の問題もない」

「誰があなたなどに! 誰か……」

 助けを呼ぼうとして、サラははっとなる。
 侍女たちはみな引き上げてしまったことに気づいたからだ。
 声を張り上げ助けを求めても誰も来ない。そして、ファルクは先ほど何と言ったか。

 しばらくこの部屋には近寄らないよう侍女に言いつけた、と。

「あきらめるのだね。叫んでも誰も来ない。しばらく間、この部屋にはあなたと私の二人きり。邪魔者が入ることは決してない。それにね。私はあなたを抱くことを許されているんだよ。誰にかって? そう、あなたの祖母だよ。私に抱かれれば、孫娘も少しは女らしさに目覚めるだろうってね。まさに、同感だよ」

「誰か来て、誰か!」

 それでも助けを求め、あらん限りの声でサラは叫ぶ。

「離して!」

 つかまれた腕を振り解こうと、サラは激しく身をよじった。
 手が机の上に置かれていた一輪挿しを倒してしまい、花瓶が机の上を転がりごとりと床に落ちる。
 叫びながら再び扉に向かって走り出そうとするが、背後から髪を乱暴につかまれ強引に引き戻される。

「痛……っ!」

 髪を結んでいた藍色のリボンの片方が解け、するりと床に落ちた。

 リボンが!

 咄嗟にリボンを拾おうと手を伸ばすが、髪をつかむファルクの手が緩むことはない。
 サラはその手に逆らえず首を仰け反らし呻き声を上げる。
 ぶちりと髪が抜ける音。
 ファルクの指の間に、抜けたサラの髪が絡まる。それを見たサラは泣きそうに顔をゆがめた。
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