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令嬢は元暗殺者に恋をする
第52章 薔薇の棘
「暴れるあなたがいけないのだよ」

 指に絡まった髪を、鬱陶しいとばかりにファルクは手を振って払う。

「おまえなんかに触れられるのはいや!」

 這いつくばった状態で逃げようとする。が、足首を取られ、強引に引きずり戻されると、身体を転がされ仰向けにされる。
 ファルクの手がねっとりと身体を這い、その不快な感触にサラは眉をしかめ身をよじった。

 やめて!

 サラは右手を振り上げ、おもいっきりファルクの頬を平手で打った。

「このがき!」

 突如、左頬に強い衝撃が走り、耳の奥がじんと痛んだ。
 一瞬、自分の身に何が起こったのか、しばらく理解することができなかった。
 ファルクに頬を叩かれたと気づいた瞬間、再び、返す手の甲で反対の頬を叩かれ、側の壁に背をぶつけその場にうずくまる。

「この私に生意気な口を利きやがって!」

 ファルクのつま先が脇腹に入った。
 痛みに呻いて身を丸めると、今後は背中を踏みつけられ、さらに再び脇腹を蹴るを何度も繰り返された。

「私を怒らせたらどうなるか、嫌というほどわからせてやる!」

 ファルクの攻撃はおさまる気配はない。
 抵抗できない、それも女性を痛めつけることに何の良心の呵責すら感じさせないファルクの表情。否、少しでもその気持ちがあるのなら、こんな真似などできようはずがない。

 ファルクの攻撃はさらに激しさを増しサラを打ちのめす。
 あろうことか、ファルクの足がサラの頭をじりじりと踏みにじる。

「やめて……」

「ずっとおまえのことが気に入らなかったのだよ!」

 容赦なく繰り返されるその攻撃から、サラは身体を小さく丸めて身を守った。
 身動きをとることもできず、ただ、ファルクの暴力がおさまるのをじっと耐えて待つしかなかった。

 それはとてつもなく長い時間のように感じられた。
 ようやくファルクの蹴りがおさまる。

 頭上で、ファルクが荒い息を落としているのが聞こえてきた。
 髪をつかまれ無理矢理、身体を起こされる。

「……っ」

 呻き声をもらし、壁に背をつき力なく両手をだらりと脇にたらして座るサラを見下ろすファルクの目に、いまだおさまらない怒りがくすぶっていた。

 身体中が痛み、悲鳴をあげていた。
 口の中に嫌な味が広がり、つっと、唇の端から血が流れ落ちていく。
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