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令嬢は元暗殺者に恋をする
第53章 胸騒ぎ
 ここ数日、裏街でハルの姿を見かけることはなかった。

 サラとハルがうまくやっていることは知っていた。
 二人が仲良く手をつなぎ、笑いながら町を歩いていたのを見たと言う者から聞いたのだ。
 おまけに町中で堂々と口づけをかわしていたとか、ハルが女のために贈り物を選んでいたとか……。

 とにかく連れ歩いていた女を可愛がっていた。
 そんなハルの姿を見かけた者は、まるで別人のようだった、目を疑ったとも言っていた。

 何はともあれ、このままハルが女を連れてどこかに消えてしまえば、裏街にも平穏が戻るんじゃねえ? なあ、頭(かしら)? と……。

 なあ、頭じゃねえよ。
 ていうか、いちいち俺にそんなこと報告してくるなよ。

 ハルが連れて歩いていたその少女に、シンが思いを寄せていたことを知らない者たちは、ご丁寧に事細かに、さらにその時の状況を身振り手振りで話して聞かせてくれ、シンを激しく落ち込ませた。

 何が手をつないで、キスをして贈り物だ。
 そもそも、あいつはそういう奴だったか?
 おまけに、笑いながら歩いていただと?
 あいつの笑った顔なんて、いまだに嘲笑とか冷笑しか見たことがないぞ。
 いつも何を考えているのかわからない顔で裏街をふらふらとし、いっさい人を寄せつけない態度で、回りにいる人間の神経を無駄にぴりぴりさせていたあいつが?

 しかし、シンはふっと口許を緩ませた。

 あいつでも笑うことがあるんだな。
 そんなことより、うまくいったんだねサラ。
 サラが笑ってくれているのなら、幸せでいてくれるのなら俺はそれでいいよ。

 そう思いながらも、すっぱり断ち切った恋心であったはずなのに、いまだ心の奥にサラに対する気持ちがくすぶっているのは否めなかった。
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