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令嬢は元暗殺者に恋をする
第54章 脅しと賭け
 これは賭だ。
 ここでファルクがあきらめて引いてくれることを、ただ祈るしかない。

 ハルの瞳を思い出して。
 あの凄烈な瞳を。
 私は本気だとこの男に思わせ、たじろがせるほどの強い瞳を私も真似るの。

 サラは大きく息を吸い、そして、ゆっくりと吐き出した。
 ファルクを見据えるその瞳に力強い光が宿る。

「本気よ」

 ひやりと冷たい刃の感触。
 震える手と加減の知らない力によってあてられた刃が首筋の薄い皮膚を裂く。
 鋭い痛みが走った。じっとりと、生暖かいものが首筋から鎖骨を伝い、胸元を流れ落ちていく。
 引き裂かれた衣服の胸元がたちまち赤に染まった。

 これには、さすがのファルクも慌てたようだ。

「私がここで死んでしまったら、おまえはこの家も何もかも手に入らなくなる。それでもいいのね」

「お、落ち着きたまえ」

「ここでおまえのいいようにされるくらいなら、私は死を選ぶ」

「だから、落ち着いてと……」

 まあまあ、と顔を引きつらせ、ファルクは両手を広げサラの行動を制する。

「動かないで」

 静かな声の中に含むサラの気迫に、とうとうファルクも根負けするしかなかったようだ。
 忌々しげにちっと舌打ちを鳴らし、ファルクは手にしていたロープを床に叩きつけた。
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