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令嬢は元暗殺者に恋をする
第55章 会いたかった
 乱れた髪。
 両脇で結ばれていた藍色のリボンの片方は解けかけ、もう片方は完全にとれてしまったのか見あたらない。

 服を引き裂かれ胸元があらわとなった姿。
 両方の頬が赤く腫れ、口の端から血が流れていた。
 膝の上に置かれた手には、一振りの刃を剥き出しにした短剣が握られている。

 まさか、とハルは息を飲みベッドをざっと見渡す。が、乱れた形跡はない。
 いや、サラの手に短剣が握りしめられているのを見れば、どういう状況だったのかなど考えずとも察することはできた。

 この小さな身体で、精いっぱいあの男に抗ったのだ。
 たったひとりでこの暗闇の中、ひどい目にあわされても、サラは決してあきらめず、あの男の暴力に耐え戦った。

「ハル……」

 虚ろだったサラの瞳に、徐々に生気が戻り始める。

「ハル、会いたかった。来てくれた……」

 しかし、すぐにサラははっとなって胸元に視線を落とし、違うと激しく首を振る。

「これは……これは違うの! 私ちゃんと自分の身を守ったわ。だから、ハルが思うようなことは何もないの。ほんとうよ。信じてお願い。信じて……」

 必死の目で訴えかけるサラの頬にハルは手を添え、わかっているとうなずいた。
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