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令嬢は元暗殺者に恋をする
第55章 会いたかった
 声がでなかった。
 うなずくことしかできなかった。

 こんな時に何の言葉もかけてあげられることができない情けない自分が腹立たしくさえ思った。
 それ以上に、サラを守ることができなかった自分が許せなかった。

「信じてくれる?」

「……ああ、信じている」

 押し殺した声がハルの口からもれる。
 それだけを言うのがやっとだった。
 ハルは大きく息を吸って吐き出した。吐き出した息が震える。

 落ち着け……落ち着くんだ。
 今、俺が取り乱してどうする。
 本当なら今すぐ、あの男の元へ行って、殴り殺してやりたいくらいだ。
 いや、ただ殺すだけでは俺の気がすまない。
 徹底的にあの男を痛めつけ、全てを壊し、声も出せないほどの屈辱と苦痛を与え、地獄の底に叩きつけてやりたい。

 ハルの瞳の奥に狂気の色が揺れた。しかし、ハルは首を振り、落ちかけた殺意の影を振り払う。

 まだだ。まだ、怒りを爆発させる時ではない。
 今はサラを安心させることだけを考えろ。

 ふと、ハルの視線がサラの首筋に向けられた。
 そこに、残された傷跡はサラが手にした短剣の刃で傷つけたものであった。

 俺があんなことを教えてしまったばかりに……。

 結果、それでファルクを退けることができたとしても、こんなことをサラにさせてしまったことをハルは悔やむ。
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