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令嬢は元暗殺者に恋をする
第56章 口止め
 サラの声に、侍女は目の前の少年が賊ではないことを悟ったらしい。しかし、そうでないのなら、この少年はいったい何だというのだろうか?

 状況がまったくわからない。
 けれど、今自分は殺されかけようとしている。

 そんな思いがあからさまに侍女の表情にあらわれていた。

 ハルは思わず苦笑する。
 侍女に危害を加えるつもりはない、だから、驚かないでとサラに伝えたが、やはりそうもいかなかったようだ。
 もっとも、こんな状況を見せつけられて、おとなしくしていろという方が無理なことである。

 わかってはいたが、やめるつもりはない。

 首筋にあてた短剣はそのままに、ハルはゆっくりと侍女のふさいでいた口から手を離した。

「ころ、殺さ……」

 歯をかたかたと鳴らし、侍女は目に涙を浮かべ震える声で懇願する。

「俺のいうことに従えば、殺しはしない」

「何でもきくから……だから……」

 殺さないで、と涙混じりに弱々しい声を落とす侍女に、ハルは意味ありげな笑いを口許に刻む。

「そう簡単に男に何でもと言ってしまっていいのか?」

「……」

 ハルはふっと笑って、喋りやすくなるよう、侍女の喉元にあてていた短剣を少しばかり緩めた。
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