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令嬢は元暗殺者に恋をする
第56章 口止め
 押し殺したハルの声音に、侍女は動くことはおろか、瞬きをすることもできず、涙を流し硬直したままその場に立ち尽くす。

 サラの婚約者であるファルクが帰った後の様子を見に、この部屋にやって来ただけなのだろうが、まさか、こんな羽目になるとは彼女自身、思いもよらなかっただろう。

 だが、少々腑に落ちない点があった。
 それを確かめるまでは、許すつもりはない。
 もちろんこれは脅しだ。
 暗殺をしていた頃なら、他人が聞けば吐き気をもよおすほどの非情で残酷なこともやってきた。
 それが仕事だった。

 が、今は……いや、サラが見ている前でそんな惨いことをするわけがない。

 女はたいがいお喋りだ。喋るなと強く念を押しても、ここだけの話し、と言ってすぐに得意げに他人に秘密をもらす。だから、たとえうっかりでも、口が裂けてもこの夜のことを決して他人に口外したりしないよう、相手の心に深い恐怖心を植えつける。

 それが目的だ。

「……から」

 かすれた声で侍女が涙まじりに呟く。声を発することさえ、やっとという状態であった。

「聞こえない」

 即座に切り返したハルの一言に、侍女は唇を震わせた。
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