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令嬢は元暗殺者に恋をする
第58章 解き放つ怒り
 眠るサラを見下ろし、痛々しく腫れ青紫色に変色したその頬に、ハルは沈痛な面持ちで顔を歪めた。

 今はただ眠るといい。
 今だけは何もかもすべてを忘れて。

 そして、ハルは大きく空を振り仰いだ。

 夜の海には凍える月。
 凍てつく月の光がそのままハルの藍色の瞳に映り溶けていく。

 サラの細い身体を抱きしめ、小刻みに身体を震わせた。

 もういいだろうか。
 ずっと抑え込んできたこの激怒(いかり)を。
 解き放ってしまっても。

 ふつふつとわき上がる感情は激しい怒り。
 胸のうちにくすぶっていた怒気の炎がこの身を焼きつくし、それでもまだ足りないとさらに勢いを広げる。

 その炎に煽られ心の奥深くに眠らせていたもうひとりの自分が目を覚ませと、揺さぶり呼びかけている。

 すっと手を伸ばし、側の薔薇の蔦を握りしめる。
 それは無意識の行動。そして、握っていた薔薇の蔦を怒りにまかせ力の限り引きちぎった。
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