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令嬢は元暗殺者に恋をする
第59章 深い闇へ、落ちていく
「おい待て、どこに行くつもりだ」

 引き止める声にハルは立ち止まり振り返る。
 サラを腕に抱えたテオが心配げな視線を向けてくる。

「少しばかり、用がある」

「用って、こんな時間だぞ、いったどこへ行くという。それにサラの側についているとさっき言ったばかりでは」

「夜が明ける頃に……サラが目覚めるまでには戻る」

「しかし……」

「サラをひとり残していくつもりはない。だから、それまでサラを……」

 頼む、と、ハルわずかに目を伏せた。

「本当だな? 本当に戻ってくるんだな」

 しつこいくらいに念を押してくる相手に、ハルは苦笑をこぼしつつも、偽りのない眼差しでテオを見つめ返し必ず戻ると約束を誓う。

 その言葉に目に、嘘はないと信じ納得してくれたのか、テオはわずかに緊張を緩めた。そして、自分の抱える、何かしらの心境を、わずかな感情の揺れを感じ取ったのであろう。

「おまえこそ、大丈夫なのか?」

 と、目を細め、まるで探るように尋ねてくる。

「何が?」

「……いや、何でもない」

 今度はテオがその顔に苦い笑いを刻んだ。
 聞いたところで素直に答える相手ではない、聞くだけ無駄であったというように。
 テオから視線をそらし、ハルは背を向けた。

「ハル!」

 再び呼び止める声に、今度は振り返らずハルは立ち止まる。

「僕はおまえに礼を言いそびれてしまっていた。……あの時、僕が薬の調合を間違えていたのをおまえはわかっていたのだろう? 僕はおまえに救われた。なのに、僕は……」

 すまなかった、ありがとう、と低く呟くテオの声を背中に聞き、ハルは口許にかすかな笑みを刻む。

「サラを頼んだ」

 それだけを言い残し、ハルはわだかまる深い夜の闇へと向かい歩き出していく。
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