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令嬢は元暗殺者に恋をする
第64章 報復 -5-
「そんな恐ろしいことはやめよう。な?」

「恐ろしい? 俺の怖さはこんなものではない」

「いやいや……待ってくれ。少し冷静になろう。落ち着こうではないか」

「俺は冷静だと思っているが」

「それのどこが冷静……ぐっ!」

 ファルクのあごをつかんで、無理矢理口をこじ開け、手にしたガラスの破片をすばやく口の中へと押し込んだ。そして、ファルクの口を手でふさぐ。

 何をされるのかわからず、ファルクはただ、怯えた目をするばかり。
 けれど、ひとつわかったこと。
 それは。
 自分がとんでもない相手を怒らせてしまったと気づいた時には、もうすでに遅かったということだ。

「間違っても飲み込むな。貴様にはまだいくつか尋ねたいことがあるからな」

 目を瞠らせるファルクを半眼で見下ろし、その頬にすかさず鋭い平手打ちを放つ。さらに、反対の頬にも。

 悲鳴は上がらなかった。
 喉の奥からくぐもった呻きがもれるだけ。

 含んだガラスを誤って飲み込んだりしないよう、唇を引き結び、懸命にこらえているのだ。
 たちまち、ファルクの口の端からだらりと鮮血が流れ落ちる。

 さらに、ハルは手を振り上げた。
 すかさず、容赦ない攻撃から己の身を守ろうと、ファルクは身体を折って丸め、両手で頭を抱え床にうずくまる。

 ハルは静かに振り上げた手をおろした。
 攻撃がとまったその隙に、ファルクは急いで口の中のガラスの破片を血と、血で染まった涎とともに吐き出した。

「うう……っ」

「無様だな」

「もう、やめて……ゆるして……」

 涙を流しながら、ファルクが足元にすがりついてくる。
 床にひたいをこすりつけ許してくれと懇願するファルクの姿を見下ろすハルの目に、冷徹な光が過ぎる。

 己の足下におまえをひれ伏させると言ったファルクだが、反対にひれ伏したのはファルク自身であった。

 身をかがめたハルの手が、ファルクの顔へと伸ばされあごに添えられた。
 ファルクはびくりと肩を跳ね、怯えた目でハルを見上げる。
 ハルの口許に緩やかな笑みが浮かぶ。
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