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令嬢は元暗殺者に恋をする
第64章 報復 -5-
 ファルクは慌てて懐に手をあてる。
 そこにあるべきはずの瓶がない。
 間違いなく、さっき懐にしまったはず。

 いや、もしや、無意識に違うところに入れてしまったのではと、小瓶の存在を確かめるように、あちこち身体中をまさぐる。
 けれど、それは無意味な行動。どんなに探したところで見つかるはずがない。
 正真正銘、ハルの手の中にある瓶は、さっきまでファルクが持っていたものなのだから。

「な、ない……瓶がない。私の大切な瓶が! それがないと、私の計画が……計画が進められなくなる」

 思わず苦笑がこぼれる。

 暗殺者の依頼を取り消し、サラには手を出さないと誓ったばかりのその口で、毒の入った瓶を大切な瓶とは、それがないと計画が進められないとは、まったくもっておかしなことを言う。

 どうせこの男のことだ、自分で何を口走ってしまったかなど、気づいていないのだろう。

「おまえ、いつの間に……いつの間に盗ったのだ!」

「最初だ」

「最初……だと」

「そう、最初に貴様と接触した時、手に入れさせてもらった」

 最初に接触といえば、ファルクがハルに斬りかかったとき。
 あの一瞬の隙に……。

「気づかなかったのか?」

 鈍いな、と揶揄を込めて呟くハルに、それまで、相手の顔色をうかがい、ひたすらご機嫌とりに忙しかったファルクは、強ばった顔から一転して、目を吊り上げ怒りに肩を震わせる。

 呆気なく反撃されたどころか、気づかぬ間に懐の奥にしまい込んだ毒の入った瓶まで奪われてしまったのだ。
 それも気づかぬ間に。

 こぼれ落ちんばかりに見開いた目を血走らせ、口から血を流しているその様は、まさに悪鬼さながら。
 気の弱い者が見たら失神しかねない、凄まじい形相であった。

「くそ! 人の物を勝手に盗るとは、これだから下民は手癖が悪い! 他人の物をすぐに欲しがって奪い取ろうとする。さあ、それを返せ。返すのだ!」
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