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令嬢は元暗殺者に恋をする
第70章 戦い前夜
「サラがあの野郎と結婚するって聞いて落ち込んでいるのか? いや、まさかだよな。おまえが落ち込むってがらじゃねえしな……それとも、サラとうまくいかなかったのか? 仲よさそうに町を歩いていたって、聞いたぞ」

 シンもまた、サラの身に何があったのか知らない。
 サラとはうまくいかなかったのか? と問うシンの声に、わずかな感情の揺れを感じ取る。

「はは、だとしたら俺にとっては、まさに好機だな。サラを奪うぞ。いいのか?」

 と、冗談めかして言う。が、確かにシンにとっては好機であろう。
 シンがサラに思いを寄せているのは知っている。

 以前、シンに酒場に呼び出された時、おまえが相手にしないのなら俺がサラを貰うと言っていた。
 あの時の言葉は自分をサラの元へ向かわせようとけしかけるようであって……。

 これまで特定の女は作らず、知り合った女性とは互いに割り切った関係を貫いてきたシンであったが、どうやら、この男にしては珍しく、サラには本気であるようだ。

 そして、今もサラに対する思いは捨てきれずにいる。
 ハルの瞳にかすかな、憂いにも似た翳りが帯びる。

 ファルクとの件を片付けた後、自分はサラの前から姿を消すつもりだ。
 もう、会うつもりはない。

 従って、その後のことをとやかく言うのは筋違いであろう。
 たとえ、シンがサラを口説き、サラがシンの思いに答えることになろうとも、文句は言えない。

 シンと目を合わせようとしないハルの態度に、明らかに様子がおかしいと気づいたシンは整った眉を寄せ、首を傾げた。

「なあ、おまえ……本当にどうしたんだ?」

 おもむろに、腰をかがめたシンが顔を近づけ、そろりとハルの頬へ手を伸ばしてくる。

 シンの長い髪が背から肩を滑り、胸元へと落ちる。
 窓から落ちる月影に、シンの濃い紫の瞳が艶やかな色を帯びる。

「そんな顔をして、何があった?」

 シンの手がハルの頬に触れた刹那、ハルは顔を上げた。
 その手は何だ、といわんばかりに睨みつけるようにシンを射貫く。

 はっとなって、シンは慌てて手を引っ込め、その手でいやー、と戯けた仕草で頭をかく。
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