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令嬢は元暗殺者に恋をする
第70章 戦い前夜
「それはその……あまりにもおまえが艶っぽい……じゃなくて、つらそうな顔をしてるから、慰めて、いや、元気づけてやろうかなとか、思ったりなんかして……必要なかったな」

 と、シンは頭をかきながら口ごもる。

「顔が近い。どけ」

 ハルは鼻であしらい、離れろとばかりに手でシンを追いやる仕草をする。

 まったく何を考えているのか。

 しかし、ハルはふと、何かを思いついたような、いや……思いついたというよりも、決意を固めたという顔で緩やかに視線を上げ、あらためて目の前に立つシンを見上げた。

「シン」

「何だよ。やっぱり、慰めて欲しいとか?」

「おまえに頼みがある」

 あらたまった口調で、それもシンと名を呼び、真剣な表情で頼み事があると切り出したハルに、それまで戯けていたシンの顔にもすっかりと笑いが消えた。

 そもそも、ハルがシンに頼み事をするなど初めてのこと。よほど切羽詰まった事情に陥ったのか。

 何にせよ、ハルひとりではどうにもならない何かが起きた。
 あるいは、起ころうとしている。そして、それはあまりいい出来事ではないということは、シンにも容易に想像できたはず。
 それでもシンは。

「何でも」

 迷うことなく、躊躇う素振りもみせず、即座にそう答える。
 おまえの頼みならどんなことでも聞いてやるぞというように、シンは口の端を上げ不敵に笑う。

 頼み事とは何だと聞いてくることも、おまえがそんなことを言い出すとは珍しいとも、余計なことはいっさい口にしないところがこの男らしい。
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