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令嬢は元暗殺者に恋をする
第6章 あなたは最低な人
 テオはゆっくりと顔を上げた。
 悪びれた様子も見られない藍の瞳と、テオの怒りのにじむ瞳が真っ向からぶつかりあう。

「よくも彼女を」

「別に、おまえの女ではないだろう?」

 言いなすこともせず、凄まじい形相で睨むテオを、まるで挑発するように嘲笑い、怒りをあおりたてる言葉をぬけぬけと吐く。

「頭、固いね。あんた」

 反省の欠片もない態度に、テオの怒りは増すばかりであった。

「サラは泣いていた。そんな彼女を、おまえは無理矢理……」

 ハルはくつくつと両肩を小刻みに揺らして嗤う。

「何がおかしい!」

「泣いているから嫌がっているとは、限らないだろう?」

 テオは唇を引き結び、握った手に力を込めた。
 無言でハルの元へと近寄っていく。
 右手を後ろへと回し、次の瞬間、腰のベルトに差し込んでいた短剣を抜き放ち、ハルの首筋にあてがった。

 けれど、刃を向けられてもハルは慌てる様子も見せない。
 ハルの細い首筋に、研ぎ澄まされた短剣の刃が食い込む。

「衝動的な奴だな」

 それでもハルは顔色一つ変えなかった。
 強気な瞳でテオを虎視する。

 短剣を握るテオの手に、しらずしらず力が込められる。
 ハルの首筋の薄皮が裂かれ、一筋の鮮血が流れ落ちた。
 首筋から鎖骨を伝い、白い胸元を舐めていく細く赤い筋の跡。

「甘いね」

 嘆息の混じった声でハルは小さく呟き、テオの短剣を握る手首をつかんだ。

「何をためらっている。簡単だろう? この手を引けばいいだけ。さあ……」

 やってみろ、とテオの耳元でささやく。

「できるわけ……」

 歯噛みして、テオは力が抜けたように両手をたらしたその時。

 騒がしく診療所の扉を叩く音に、テオはびくりと方をはねる。
 その音に混じって、助けて下さいと懇願する女性の声。

「患者……? 今日は休診日なのに……」

「さっさと行けば?」

 うろたえるテオの心情を読みとったのか、ハルは小馬鹿にする表情でテオを睥睨した。

「それとも、あの先生がいないと、あんたは何もできないってわけ?」

 痛烈な一言がテオの胸を鋭く突き刺した。
 何も言い返すことができなかった。
 言い返す言葉が見あたらなかった。

 テオは悔しげに唇を噛み、ハルに背を向け部屋を飛び出した。
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