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令嬢は元暗殺者に恋をする
第74章 最後の告白
「怖い? まだ不安?」

 ふるふると頭を振るサラの頭に、ハルは脱いだ上着をふわりとかぶせた。

 怖くないわけがない。
 不安を感じないわけがない。

「そこの茂みの蔭にいて。上着を頭からかぶっていたら何も見えないよ。それでも怖ければ目をきつく閉じて、耳をふさいでいればいい。サラに危害を加えさせたりはしない。もちろん、サラには指一本触れさせない。奴らの醜い叫び声さえ、サラの耳に届かせはしない」

 目の縁に大粒の涙をため肩を震わせ、決してハルの目の前で泣いたりはしない、涙をこぼさないと、唇をきつく噛みしめ気丈にもこらえるサラの姿。

「サラ」

 呼びかけた途端、サラは勢いよく頭を振る。
 これ以上、何か言葉をかけられたら涙がこぼれてしまうというように。

 ハルはサラの頬を挟み込むように手を添え、目の縁にたまった涙を指先でぬぐい取る。

 あらたに浮かび上がる涙の粒が、サラのまつげを濡らした。
 無理に笑ってとは言わない。
 言うつもりもない。
 けれど、悲しそうな目をされると心が痛い。

「そんな顔をしないで」

「うん」

「必ずサラを守る。それに、リボン、返すと約束したよね。俺の血で染まったリボンをサラに返すわけにはいかないだろう?」

 サラはもう一度うなずく。
 頬に添えた手にサラの手が重ねられ、そのまま口許へと導かれる。
 閉じたまぶたの縁からとうとうこらえきれずに、ひとすじの涙がこぼれハルの指先を濡らした。

「好きよ、ハル」

 手のひらに伝わる声の振動。
 それは異国の響き。
 この場にいる他の誰も知ることのない二人が心を通わせる愛の言葉。
 たった一言とはいえ、最初はたどたどしかったその言葉が、何度も繰り返されることによって、すっかりと馴染んでいる。

「誰よりも、世界で一番ハルを愛している」

「俺も……」

 重ねた指をからませ、身をかがめてサラの耳元に唇を寄せる。

 神の存在など信じていなかった。
 どれほど救いを求めても神はその手を差し伸べてくれることはなかった。
 けれど、今なら心から言える。

 サラと巡り会えたことに感謝していると。
 たとえ、結ばれることのない運命だったとしても。
 それでも、サラと出会えてよかった。
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