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令嬢は元暗殺者に恋をする
第76章 戦い -2-
「な、何てやつだ……」

 ここで、初めて暗殺者のひとりが声を発した。
 そして、彼らをさらなる恐怖の底へと突き落とし、戦意を喪失させる決定的な瞬間。
 その時、ハルの左腕に巻かれていた布が緩んで解けた。

 するりと腕からすべり落ちた布は風にさらわれ、夜の空へと舞い上がっていく。
 あらわになった上腕部に刻まれた花の入れ墨を見るアイザカーンの暗殺者たちの表情に浮かぶのは、まさかという驚愕。

「聞いたことが、ある……」

 ハルの入れ墨を凝視したままその男はかすれた声をもらす。
 同じ闇の世界で生きる者なら、この入れ墨の意味を知る者もいるはず。

 アイザカーンの暗殺者たちは、自分たちが何者と剣を交え戦っていたのかこの時、ようやく知ることになる。

 最初から、彼らに勝ち目などなかった。
 極限の恐怖に追いつめられ、明らかに残った三人の敵の顔に絶望が広がる。

 その絶望が死という言葉を脳裏に刻ませ、その刻まれた思いがさらなる恐怖を呼ぶ。

「北の大陸レザン・パリューに存在する……暗殺組織。レザンの暗殺者は身体のどこかに花の入れ墨を入れていると……おまえが、そうなのか……おまえはレザンの……」

 ならば、その化け物じみた常識外れの強さも納得できると。

「だが、しかし何故それを……」

 それをと言って、男は息ひとつ乱さずに立つハルの左腕の入れ墨に再び視線をやる。

「隠していた……」

 その入れ墨を目にしていたのなら、最初から戦ったりはしなかったと、なじるような目だ。
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