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令嬢は元暗殺者に恋をする
第78章 戦い -4-
「俺が怖い? 触れられるのは、いや?」

 サラは怖くない、いやではないと、小さく首を横に振る。
 けれど、その反応は弱々しい。
 
「逃げなくていいの? 逃げてもいいよ」

 ハルは意地悪く口許に笑みをさす。
 逃げれば当然、この場を退くことになる。
 だが、逃げなければこのままハルに眠らされてしまう。
 どちらを選んでも、ハルの思わく通りとなる。
 サラの望む通りには決してならない。

「どうして……」

「ひどいと俺をなじる?」

「……この子を助けてあげて」

「あきらめて」

「どうしても……だめなの? お願い……」

 ハルは答えなかった。
 無言の答え、それは何を言っても無駄だよと意味。
 サラはきゅっと下唇を噛んでドレスの裾を握りしめ、うつむいてしまった。

「泣いているの?」

「違うわ。泣いてない。悔しいの」

「悔しい?」

「ハルを説得することができない自分が……すごく悔しい……」

 うつむいたまま、サラは細い肩を震わせる。
 ハルの藍色の瞳にちらりと、切ない色が揺らぐ。
 伸ばした指先でサラのあごをすくい上向かせる。
 不安に揺れるサラの瞳を間近にのぞきこみ、顔を傾け震える唇に唇を近づけていく。

「な、何……?」

 訝しみながらも、サラは拒絶しようとはしない。
 否、拒ませないと目でサラを縛りつける。

「そんなに怯えないで。苦しいことも、痛いこともしないよ。だけど……本当は、こんなことだけはしたくなかった」

 目覚めたとき、サラは激しく怒るだろう。
 何故こんなことをしたのかと俺を責めるはず。

 いや、そのときにはもう、自分はサラの側にはいない。
 別れを告げることもなく、サラの元を去っていくことになるのだから。
 二度と会うこともない。

 サラとの最後の別れに、こんな後味の悪いわだかまりを残す羽目になろうとは。そして、最後の口づけがもっとも苦いものとなってしまうとは。
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