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令嬢は元暗殺者に恋をする
第84章 暗殺組織レザン・パリュー
 レイの言葉に炎天は頬を歪めた。

「おかげで奴を追う手立ては何もなくなった。すべては貴様が奴を組織から抜けさせるために用意周到に仕組んだ計画だった! ハルは貴様が自ら手をかけて最高の暗殺者として育ててきた男。だが、それは組織のためではない。ハルがいつか外の世界に抜け出すためにだ」

 そうだな、と問いかける炎天に、しかし、レイは静かな微笑みを口許に浮かべるだけであった。
 肯定とも否定ともつかないその微笑からは、彼の心のうちを探ることは不可能であった。

 ゆっくりと瞬きひとつ、レイの瞳が目の前の男を静かに見つめ返す。
 息をのむほどに鮮やかな翡翠色の瞳は一点の曇りもない。
 引き込まれるほどに美しく、けれど、背筋を凍らすほどに冷たい輝き。
 そして、極上の翡翠は相手の心を惑わせる。

「何がおかしい!」

「炎天殿は、よほど私を裏切り者に仕立て上げたいようですね」

「事実だ。おまえはハルを特別目をかけていた。弟のように可愛がっていた」

 端正な顔をうつむかせ、レイは心底おかしそうに肩を揺らして笑う。
 レイが笑うたび、後頭部のあたりで結んだ長く腰まである黒髪が背に揺れた。
 炎天と呼ばれた男はかっと目を見開く。
 レイの態度がよほど癇に障ったらしい。

「だから! 何がおかしい!」

「それは、特別目をかけもしますし、可愛がりもしますでしょう。組織のため、彼をあそこまで育てあげるのに、どれだけの手間と多大なお金をかけたとお思いですか? 彼は有能な部下だった。なのに突然、このわたしに刃を向けてくるとは……わたしとて正直、衝撃を隠せないでいるのですよ」

「今さら何を言おうと、貴様がやつの逃亡に手を貸したことは明白だ。そして、おまえは三年前、奴が組織を抜けた時にこうも言った。もし、ハルが生きていたら自分の命を差し出すと。そうだな?」

 真っ向から睨み据えてくる相手の目を、レイはゆるりと顔をあげて見つめ返す。
 動揺の欠片すらうかがわせない、落ち着き払った態度。

「ええ。申し上げました」

「ならば、約束通り死んでもらおうか。今、この場で」
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