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令嬢は元暗殺者に恋をする
第86章 思いがけない、つかの間の再会
「サラ、さがって」

「え? どうしたの……」

「いいからさがって!」

 語気を強めるキリクに、サラはわけがわからずうろたえる。

「あ! 君がキリクくんだね。こんにちはー。僕はクランツっていうんだ。あれ? そんな怖い顔してどうしたの?」

 しかし、キリクは挑むような目で、自らクランツと名乗った少年を上目遣いで睨みつける。

「何しにきた」

 レザンの言葉で問いかけるキリクに、クランツは目を細めた。
 が、すぐに愛想のよい、にこにこ顔に戻る。

「観光だよ」

「そういう意味じゃない! 何故、俺たちの前に現れたんだって言ったんだ!」

「へえ、キリクくん、もうレザン語が喋れるんだ。短期間でよく頑張ったね。すごいなあ。ねえ、誰に教わったの?」

「誰だっていいだろ!」

 そんなこと答える必要などないと、キリクは鋭いまなざしで少年を見上げる。
 もはや、サラにはレザン語で会話する二人が何を話しているのかさっぱりわからなかった。
 けれど、二人の間にあまり友好的とはいえない空気が漂っていることだけは察することができた。
 いや、キリクの方が目の前の少年に食ってかかっている様子だ。

「サラには指一本触れさせない。サラは俺が守る!」

 ハルの代わりに俺が!

 キリクの手が腰の剣にかかる。
 慌てたのはサラであった。

「キリク! 何してるの。だめよ!」

「サラ、逃げるんだ。ここは俺が食い止めるから。早くハルの元に!」

「食い止めるって?」

「こいつらは……っ」

 そこでキリクの言葉が途切れる。
 クランツが鋭くまなじりを細めてキリクを見下ろしたからだ。
 一瞬だが、その石灰色の瞳に冷ややかなものが過ぎる。
 しかし、クランツはすぐに人好きのする笑みを口許に浮かべた。

「へえ、もしかして言葉を教わったのは、そのハルって人かな?」

 キリクはしまったという顔をする。うっかり、ハルの名を口にしてしまった。
 大失態だ。

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