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令嬢は元暗殺者に恋をする
第8章 突然の別れ
「長時間その場にいただけで、強烈な花の香が身体に染みつき、消えない悪魔の花。だが、その花の毒はレザンの、たった一部の者にしか手にすることができない」

「その毒が殿下の暗殺に使われた?」

「俺は二十年前の事件のことは詳しく知らないし、たとえ知っていたとしても、教えることはできない」

「ならば何故、その毒のことを私に?」

 ハルは肩越しにベゼレートを振り返る。
 その藍の瞳が静かに揺れた。

「これで、少しは気が済んだだろう? だが、間違ってもレザンに行くなどとは言い出さないでくれ。俺は、あんたに生きていて欲しい」

 ベゼレートはすでにいつもの微笑みを浮かべていた。

「優しいのですね。あなたは」

 ハルはわずかに視線を斜めにそらした。

 優しいかどうかはわからない。
 けれど、ここへ来たばかりの頃、力強い手であんたにくしゃくしゃに頭をなでられたことがほんの少し嬉しかった。

 だから、生きていて欲しい。
 俺のいた世界には、かかわらないで欲しい。

 ベゼレートは再び窓の外に視線を転じた。

「本格的に降ってきたようですよ」

 振り仰げば、空全体を覆い尽くす黒雲。
 その雲が地上を押し潰すかのごとく重く垂れ込め、勢いを増した雨が窓を叩きつける。
 外は霞がかったように白く煙った。

「今夜くらいは泊まっていきなさい。なにもこんな雨の日にわざわざ去っていくこともないでしょう」

「そうだな」

「あなたが去ってしまったら、サラが泣いてしまうかもしれませんね」

 ハルは苦い嗤いを浮かべ、わずかにまぶたを落とした。

「俺とあいつとでは住む世界が違いすぎる。あいつに俺の闇は必要ない」

「必要としているのは、本当はあなたのほうではないのですか?」

「何が言いたい?」

 険しく眉をひそめたハルに、しかし、ベゼレートはいいえと首を振る。そして、去り際、寂しくなってしまいますね、と言葉が投げかけられた。
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