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令嬢は元暗殺者に恋をする
第8章 突然の別れ
 テオは思わず吹き出してしまいそうになるのをこらえた。

 こうして見ると、街中で見かける普通の少年たちと変わらない、年相応な顔をするのだと、ほんの少し安心する。

 それにしても、シンというこの少年……。
 いささか軽薄そうな雰囲気であった。

 綺麗な顔貌だちに細身の身体つきはどこか女性っぽい。
 首の後ろで束ねられた流れる髪をとけば、それこそ女性と見まごうだろう。

 ハルを抱きしめたまま、シンはふと視線を上げた。
 濃い紫の瞳を揺らして、テオを凝視する。

 テオもその視線を受け止めなるほど、と納得する。
 軽薄そうに見えて、実はこの少年もただ者ではない雰囲気を瞬時に察する。
 瞳の奥に宿る強烈な光に隙はない。

「ハル、このお兄さん誰? それに、ここって有名な医者の家だろう?」

 尋ねるシンに、ハルはああ、と答えてテオを振り返る。

「彼はその先生の助手さ。いや、右腕かな」

 テオは驚いた顔でハルを見つめた。
 よもや、ハルの口からそのような言葉が聞けるとは思いもよらなかったから。

「へえ、偉い人なんだ」

 テオをかえりみながらふっと笑い、ハルはシンをともなって、いや、シンに引きずられながら診療所を後にした。

 あっさりと去っていくハルの後ろ姿を窓ごしに見つめ、テオは深いため息をつく。
 もしかしたらもう彼とは会うこともないかもしれないだろう。だが、サラがこのことを知ったら、どんな顔をするか。

 何となく寂しい空間が部屋を満たした。

 しばし、テオはその場に立ちつくしたが、やがて腕まくりをし、いつになく気合いをいれて午後からの診療の準備に取りかかり始めた。

「ねえ、テオ。ハルを見かけなかった? 一緒に桃を食べようと思って部屋に行ったんだけど、いないの」

 ほどなくして、サラが篭一杯に詰まった桃を抱え姿を現した。

「彼ならば……つい先ほど去っていきました」

 途端、サラの顔が泣きそうに歪む。

「去って行った? 嘘よ。そんなの私、聞いてないから!」
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