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君がため(教師と教育実習生)《長編》
第1章 しのちゃんの受難(一)

「古典や現文も同じですか?」
「他の教科の予習や復習、宿題はありますよ」
「注意しないんですか?」
「前はチェックしていましたが、キリがないのでやめました。テストで点数が良ければ構わないですし、話がつまらないだけなら、話題を変えることもありますね」
「今フリーですか?」
「っふ」

 マグカップを取り落としそうになる。いきなりそこで話題を変えなくてもいいのに。確かに「話題を変える」と言ったけれど。
 非難する視線を里見くんに向けると、先ほどまで鬼の形相であったのに、穏やかな笑みを浮かべる彼と目が合う。これは、オンか? オフか?

「小夜先生は、今フリーですか?」
「……フリーですが、口説かれる予定はありません」
「知っていますよ。俺も三週間で口説き落とせるとは思っていません」
「え?」

 じゃあ、なぜ、あんなことを生徒に言ったの? 私はあれから、授業に立つたびに、説明から始めなければならなかったというのに。
 私の視線の意味を知ってか知らずか、里見くんは微笑みをたたえたまま肩をすくめる。

「小夜先生を好きな生徒への牽制と、俺に好意を持っても無駄だという生徒たちへの拒絶。それから――」

 里見くんは、もしかしたら、かなりの曲者なのではないだろうか。ふつふつと疑問が湧き上がってくる。
 もしかして、私、かなり、窮地に立たされているのでは?
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