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君がため(教師と教育実習生)《長編》
第3章 しのちゃんの受難(二)

「面白いですね、百人一首!」

 百首読み上げたあと部活動を途中で切り上げて、私は国語準備室に戻ってきていた。片付けも里見くんの面倒も、信頼できる生徒たちに任せておけば安心なのだ。

 そんな生徒たちと打ち解けたのか、里見くんは上機嫌で準備室にやってきた。
 彼の分のコーヒーの準備をしようとしたら、「自分でやります」と、マグカップを持ってくる。あ、へえ、カップを持参してきたの、ね。マイカップってやつね。三週間、居座る気満々なのね。

 慣れた手つきで水を入れてケトルの電源を入れる里見くんを視界の隅に入れ、私はパソコンを睨む。
 図書関係の校務も私の仕事なので、新刊のチェックと生徒からの要望のチェックもしているのだ。

「 浅茅生(あさぢふ)の」
「……小野の篠原 忍ぶれど あまりてなどか 人の恋しき。覚えたんですか?」
「はい。でも、ちょっと違うんですよね、俺の句は」

 ちらりと見ると、部員の誰かからもらったのか、百人一首の解説プリントを手に、里見くんは嬉しそうに笑っている。
 楽しそうで何よりだと思いながら、パソコンに目を向ける。

「浅茅生の 小野の篠宮 忍ぶれど あまりてなどか 人の恋しき」
「ふふ、篠宮、ねぇ」

 参議等の恋を詠んだ歌。恋の歌、だ。
 歌意は――。
 思い出そうとした瞬間に、背後で低い声が聞こえた。

「浅茅生の 俺の篠宮 忍ぶれど あまりてなどか 人の恋しき」

 ――あなたが、恋しい。
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