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君がため(教師と教育実習生)《長編》
第3章 しのちゃんの受難(二)
「瀬を早み」
早い段階で音が鳴る札。一年生でも取れる札「むすめふさほせ」の一首だ。皆取れたようで、二回詠まなくても大丈夫そうなので、一回だけ下の句を詠む。
さて、次の句の札に目を落とす。百も詠むのは大変なので、さくさく進めたいのだ。
「しの先生、お客さん」
部室の入口を指差して、部長が嫌そうな顔をする。他の生徒も入口に目を向けて、真面目な子たちは嫌そうな顔をして、いつも漫画を読んでいる子たちはきゃあきゃあと騒ぎ始める。
「あ、俺は見学したいだけなので、気にしないでください」
声だけで、誰が来たのかわかる。お客さんこと里見宗介くんは、私の隣にストンと座り、あたりをキョロキョロ見回す。
「日誌も書き終えたので、見学してもいいですか?」
「部長、うちのクラスの里見先生です。見学、いいですか?」
三年生の部長は一瞬考えて、「じゃあ見るだけじゃなくて参加してください」と笑って了承した。
すると、うちのクラスの内藤さんが「ここなら座れます」と挙手してくれたので、里見くんに内藤さんの近くに座るよう促す。そこだけ一対一が三つ巴になる形だ。
「俺は篠宮先生の隣で良かったのに」
ブツブツ言いながら内藤さんの隣へ歩いていく里見くんは、「畳の縁を踏まないで」と部長から叱られている。大学生が高校生に叱られてしゅんとしているのは、なかなか新鮮な光景だ。
里見くんが座ったのを確認し、次の句を詠む。
「忍れど 色に出でにけり 我が恋は」
内藤さんが里見くんに説明しているけれど、彼女の対戦相手は副部長。レベルは高いはず。部長も内藤さんも意地悪だなぁと心の中で笑いつつ、札がぶんぶん舞っている部室の中で縮こまっている里見くんを見る。
何だか、大きい里見くんが小さく見える。それがとてもおかしくて、笑える。
結局、真面目な二人が手を抜くはずはなく、彼は札を一枚も取ることができなかった。