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君がため(教師と教育実習生)《長編》
第3章 しのちゃんの受難(二)
「浅茅生の 俺の篠宮 忍ぶれど あまりてなどか 人の恋しき」
背後から聞こえた里見くんの低い声に、全身がざわりと粟立つ。
あぁ、駄目だ。振り向いてはいけない。私の本能を信じたい。振り向いては、駄目だ。とらわれてしまう。
「小夜先生」
深呼吸をしよう。息を吸って、吐いて。吸って、吐いて。心臓を落ち着かせて。
ストレートに愛を語ってくる実習生を何とかやり過ごそう。いや、ストレートではなく、今日は変化球か? カーブか? ナックルか?
「小夜先生、耳真っ赤ですよ」
「なっ」
あ。
振り向いちゃっ、た。
目の前に、目を細めて嬉しそうに微笑む里見くん。
「小夜先生、かわいい」
ぎしりと椅子が軋む。古い椅子だけど、この軋む音が「仕事頑張れ!」と応援してくれるような音に聞こえて、好きだった。
決して、里見くんから逃げるために、身を捩って鳴らせるような音じゃない。のに。
「や、駄目、来ないでください」
「駄目ですか?」
「駄目です」
私は手を突っ張って、里見くんの体がこれ以上近づかないようにしている。
ジャケットを脱いだ薄いシャツから、じわりと熱が伝わる。椅子がコロコロと動き、机に当たってギシギシと軋む。
手を離したら、里見くんは、きっと私を抱きしめるだろう。
それは、駄目だ。駄目なのだ。
昨日は油断しただけなのだ。隙があるようでは、駄目なのだ。