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belle lumiere 〜真珠浪漫物語 番外編〜
第1章 ムーランルージュの夜
黙り込んでしまった縣をジュリアンがちらりと見る。
「どうしたの?知り合い?」
「…いや…」
…光さんな訳がない。
彼女はソルボンヌ大学に通う優雅な大学生のはずだ。

マレ地区にある取引先の銀行家の大邸宅で開かれた夜会で光に再会したのは、昨年末のクリスマスシーズンだ。
光は相変わらず、美しい黒髪の断髪にゴージャスなレースのブラウスに葡萄酒色のベルベットのジャケット、黒い細身のパンツに華奢なブーツという煌びやかな男装姿で、たくさんの取り巻きに囲まれていた。
縣を見つけると、その魅惑的な猫のような眼で笑いかけてきた。

「…梨央さんとの婚約を解消したのですって?叔父様から聞いたわ」
バルコニーに縣を誘うと前置きなく尋ねてきた。
縣は和かに笑う。
「ええ。…梨央さんに最愛の人がお出来になったのでね。潔く身を引きました」
光は美しいアーチ型の眉を上げる。
「梨央さんからお手紙をいただいたけれど…恋人は腹違いのお姉様ですって?」
縣は曖昧に笑い、手にしたワインを傾ける。
「女がいいなら私で良かったじゃない」
形の良い唇を歪め、少し悔し気に呟く。
「…光さん…貴女はどうしてそう直接的な言い方を…」
紳士として静かに嗜める。
光は可笑しそうに笑うと、縣をその美しく蠱惑的な瞳で見上げた。
「…相変わらずお上品な紳士ぶりね。
…だからトンビに油揚げを攫われちゃったんだわ。ご愁傷様」
さすがの縣もむっとして口を開きかけた時、光はひらひらと指先で手を振り、その華奢な身体を翻し
「私は9区に住んでいるの。窓からオペラ・ガルニエがよく見える素晴らしいアパルトマンよ。パリ滞在中はぜひ遊びにいらして。…ではご機嫌よう」
唄うように告げると、あっと言う間に広間の中へ姿を消した。

思い出した縣は苦笑した。
…あの気位の高いお姫様がこんな色街の歓楽街にいるはずがない。
それに、今見た若い女性は髪も長くスカート姿だった。
服装も質素だった。
光さんなはずがない。

「…いや、人違いだ。東洋人は良く似ているように見えるからね」
自分に言い聞かせるように呟き、それでももう一度窓の外を振り返る。
「…へえ…」
ジュリアンはちょっと意外なものを見るように縣を見、そして窓の外の過ぎ去る歓楽街に眼を遣ると、悪戯めいた表情でそっと笑った。


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