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belle lumiere 〜真珠浪漫物語 番外編〜
第1章 ムーランルージュの夜
間借りしている16区の家は、アールデコ調のギュイマールの建築のエレガントだが気品に溢れた造りだ。
ジュリアンの車を見送り、縣が石畳みの玄関前に立つと同時に中から扉が開き、品の良い風貌の家政婦が出迎えてくれた。
アンヌと言う名の初老の家政婦は、ジュリアンが幼い頃から本家に仕えているというベテランだ。
親日家でもあるアンヌをこちらの家に寄越してくれたのは、ジュリアンの配慮だろう。
泊まりだと縣が気詰まりだろうと、通いにしてくれたのもまたジュリアンの采配だ。
普段は天真爛漫に弾けた少年のようなジュリアンだが、この辺りの繊細な気の使い方はやはり育ちと性格の良さが滲み出ている。
この家に仕える使用人はアンヌと、キッチンメイドとハウスメイドの三人だ。
縣はフランス滞在中は多忙で外出がちだし、地方に赴くこともしばしばなので、そんなに使用人はいらないと断ったのだが、ジュリアンは
「バロンのアガタに不自由をかけるわけにはいかないよ。アガタの信奉者に睨まれたくないしね」
と戯けて目配せしてみせた。

「お帰りなさいませ、アガタ様。お出かけはいかがでございましたか?」
アンヌが無駄のない所作で、縣の外套と帽子を受け取る。
「ただいま、アンヌ。ムーランルージュか?アンヌは行ったことはあるかい?」
「まあ、アガタ様!私は女性ですよ。そのようなはしたない場所に、足を踏み入れる訳がございません」
アンヌは恐ろしいものを見たかのように身震いする。
敬虔なクリスチャンのアンヌには女性が肌も露わな姿で歌い踊るキャバレーなど信じがたいことなのだろう。
「…ジュリアン坊ちゃまは相変わらず、おイタがすぎるようですね。…まあそれでもムーランルージュは高級なお店らしいので、紳士方が話のタネに行かれるくらいなら、吝かではないとは存じますが…」
縣を居間にいざないながらアンヌは話を続けた。

秋とはいえ、パリの夜は冷え込む。
マントルピースの火は赤々と燃え、部屋は心地よく温まり縣を優しく迎えた。
モロッコ革の飴色の椅子に腰掛けると、アンヌが手品のような手際の良さで薫り高い珈琲を差し出した。
アンヌが動くたびに腰につけた家の鍵束が、しゃらしゃらと鳴る。
それはブルボン王朝のゆかりの貴族、ロッシュフォール家に仕えるアンヌの家政婦としての矜持を示す音のようだった。


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