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サイレントエモーショナルサマー
第30章 bacio
藤くんが私を導いたのは街のランドマーク的な位置づけとなっている複合商業施設だった。駅からの道も人で溢れかえり、行き交う人々の声が藤くんの声を掻き消すようで少し居心地が悪い。施設内に入ってみると喧騒はやや落ち着き、よく効いた空調でじわりと吹き出した汗が引いていくのを感じた。
「……プラネタリウム?」
「ここならのんびりできそうだし、良いシートがあるんですよ」
レストランや各種ショップには目もくれず、ゆったりとした足取りで藤くんは私を屋上へと誘った。途端にしんと静まり返ったように感じる。
「私、プラネタリウム初めて。楽しみ」
チカは暗いところだとあっという間に寝てしまうからと映画館もプラネタリウムも行きたがらない。浩志とはサスペンス系の映画を観る以外は外出をしてもふらふらと街を彷徨って夕飯を食べて解散ということが多かった。
「藤くんって凄いよね。デート慣れしてるっていうか」
「あのね、志保さんが喜んでくれるようにってこれでも必死に調べたんですよ」
「ありがとう」
「ご褒美は?」
にこっと笑って、そっと自分の頬を指さす。私が人目を気にするからほっぺにちゅーで我慢してくれるらしい。辺り人々の視線がこちらへ向いていない隙に、伸びをしてちゅっと彼の頬に口付ける。そこをほんのり赤く染めた彼は距離を取ろうとする私を制してぎゅっと抱き締めてくる。
「ちょっと…」
「今の、めちゃくちゃかわいいです」
「…分かったから」
「あー、やばい、連れて帰りたい。でもってもう家から出したくないです」
今度こそ監禁されかねん。それはやだ、と首を振って腕から抜け出す。行こうよ、と手を引けば指がそっと絡みつく。藤くんが言った良いシートは水平型のドーム内の前方に置かれた雲の形のソファーのシートだ。辺りを見回せば見事に若いカップルで溢れ返っている。
私たちも、カップルに見えるのだろうか。いつだかのカジュアルダイニングで遭遇した女性のように、釣り合っていないとせせら笑う視線を感じた気がして俯く。