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サイレントエモーショナルサマー
第30章 bacio
どう見たってどこにでもいる普通の女である私と、最早ファンタジーの域に達しているお姿の藤くんとでは釣り合いなんか取れていないだろう。だが、それがなんだ。そうだ、都筑志保、気にし過ぎだ。条件とか見てくれとかで彼は私を好いてくれているのではない。
ふかふかのソファーシートに深く沈み込んで、上映開始のブザーを聞きながら僅かな距離を詰めた。ドーム内が暗くなったのをいいことに太腿がくっつく距離になって、彼は私の腰に腕を回し、頬に口付けてくる。
殆ど寝転がった状態で、天井に広がる人口の星空を見上げた。穏やかなメロディにそってゆったりと流れていく夜空を見ながらすぐ傍の藤くんの体温を感じる。
50分程度の上映時間。うっとりと見上げていた星の余韻が消え、ドーム内はじわじわと明るくなっていく。綺麗だったね、と藤くんの方へ顔を向けると彼は完全に瞼を下ろしていた。
― 寝てる!
ドームを出ていく人たちの声さえなければ藤くんの寝息が聞こえてきそうだ。頬へ手を伸ばし、藤くん、と声をかければ綺麗な寝顔の眉間に皺が寄る。
「おはよう」
「俺、寝てましたね……」
「寝てたね。どうしたの。昨日眠れなかった?」
「志保さんが居ないからここんとこ不眠気味なんですよ」
まだ少し微睡む顔でぎゅっと抱き着いてくる。ここは家じゃないぞ。私が居ない所為で不眠気味とは随分可愛いことを言ってくれるじゃないか。よしよし、と頭を撫でる。
「いつになったら帰ってきてくれるんですか?」
私たちは別居中の夫婦かなにかか。ごめんね、ともう一度頭を撫でてやり、藤くんを促してシートから立ち上がる。すっかり客たちの居なくなったドームを出て、出口付近のショップでお揃いで宇宙飛行士のキーホルダーを意味もなく購入。胸のボタンを押すと光るらしい。
施設内のハワイアンビストロで食事を取ってからはゆっくりと様々な店を見て回った。途中、コーヒーショップで休憩を挟んで、本屋に寄って、施設を出た頃には16時を少し過ぎていた。