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サイレントエモーショナルサマー
第30章 bacio
どのくらい乗っていたか分からなかった。言葉ない時間も苦にはならない。ゆっくりと景色が変わっていき、気付けば海沿いの国道を走っている。あ、海だ。瞬く間に流れていく水面に目を奪われているとそこから少しして海に臨む一軒の店の前でバイクは停まった。
バイクから降りてヘルメットを外す。浩志は何故か赤い顔をして私の方を見たがらない。
「…どうしたの?」
「……お前が悪い」
「え、なんでよ」
私の声を無視して店へ入っていく。外観を見れば、昔読んだ本の描写が頭の中に湧き出てくる。ああ、この店。実在していたのか。ふ、と笑って消えた浩志の背中を追いかける。
「……俺が来てみたかっただけだから」
「はいはい」
もうすぐ話をしてから一年は経とうかということをよく覚えててくれたものだ。同じ丼をふたつ注文して、静かな店内をぐるりと見回す。
「相沢が乗ってたからバイク買ったの?」
「いや…車か悩んで…バイクの方が小回り効くし、実家帰るのも楽だから。ドラスタにしたのは相沢が乗ってたからだけど」
浩志は結構、読んでいる本に影響されやすい。思い返してみれば去年、あの本を読んだばかりの頃はバイクが欲しいと言っていたような気がする。
釜揚げしらすが山盛りの丼を堪能して店を出ると、今度の浩志は困り顔になる。これはこの後どうするかを全く考えていなかった、困ったという顔だろう。
「ちょっとだけ、砂浜歩きたい」
そう言うと、彼は少しほっとしたような顔になる。うん、やはりこの後は無計画らしい。
店先に少しの間バイクを停めさせてもらって、砂浜へ向かって歩き出す。店は閑散としていて静かだったが、砂浜に着いてみると海水浴客が大勢おり、かなり賑わっていた。
「……帰るか」
「ん、もうちょっとだけ」
家族連れの姿が目立つ。そうか、子供たちは夏休みなのだ。私にとって高校までの夏休みはあまり楽しい休暇ではなかった。はしゃいで目の前を走り過ぎていく子供たちのように家族で遠出をした経験もない。