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サイレントエモーショナルサマー
第30章 bacio
浩志は私が家族の思い出などないと話したことを覚えているのだろう。だから見ているのが辛ければ帰ろうかと声をかけてくれた。
今はもう、平気だよ。過去はあまり明るいものではなかったかもしれないが、私の『今』は色鮮やかだ。チカが居て、浩志が居て、藤くんが居る。きっと、この先の未来も明るく照らしてくれるのだろう。
ただ、ぼんやりと立ち尽くして10分ほど賑やかな光景を眺めていた。浩志は言葉なく私の隣に立っていてくれた。
とりあえず帰ろうか、と声をかけ店への道を戻った。バイクの前に立つと浩志の顔がまたやや赤くなる。
「だから、なんなのその顔」
「しがみつくな」
「はい?」
「乗ったら、膝で俺の尻挟んで、服の裾に掴まれ。いいな」
言うだけ言ってヘルメットを被ると、さっさとバイクに跨る。しがみつくと運転しづらいとかそういうことだろうか。はいはい、乗るのが下手ですみませんね。胸の内で小さく毒づき、ヘルメットを被って後ろに跨った。
再びバイクが停まったのは浩志のマンションの前だった。夕方17時を知らせる音楽がひっそりと流れている。
「…帰るなら、また送ってく」
浩志の部屋なんて藤くんの家に入り浸るようになる前には何度も上がったことがある。だが、今日は無性にどきどきしてしまう。落ち着け、自分。今日は上がったってセックスは出来ないし、浩志がそれを求めるとは限らない。
「でも、俺はもう少しお前と一緒に居たいよ」
彼がそんなことを言うのは初めてだ。照れくさそうな顔もあまり見たことがない。こくんと頷くとマンション内のガレージにバイクを停めてくるから少しだけ待っててくれと言って、バイクを押して行った。