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サイレントエモーショナルサマー
第30章 bacio
浩志の部屋は私の部屋と同じくらいの広さで、家具の有無もよく似ている。テレビのサイズも同じだと笑い合ったことが懐かしい。
モダンなインテリアの室内で明るいオレンジ色のクッションはかなり異彩を放っている。彼の家に何度か上がるようになったから突然現れたそれはいつしか私専用になっていた。
「コーヒー淹れるから座ってろ」
「私がやるよ」
「いい。お前が淹れたのは濃くて飲めない」
「…そうでしたね」
大人しくソファーに座り、オレンジ色のふわふわを抱き締める。少ししてカップをふたつ持ってこちらへ来る。ソファーの前のテーブルにそっとカップを置いて、不安そうに隣に腰かける。距離、30センチ。ゼロ距離の藤くんに慣れてしまった所為かその30センチが物悲しい。
「連れ回して悪かったな」
所在無げに言いながら煙草を咥える。珍しいことに私と会ってからは1本目の煙草だ。
「藤に色々連れ回されて疲れてるだろって思ったんだけど……なんつーか、」
「大丈夫。バイクのふたり乗り、面白かったし、しらす丼美味しかったし」
かちり。火打石の音。漂う苦い煙の香り。ふう、と息を吐く音がなぜか胸をドキドキさせる。
なんか、変だ。今まで通りなんかじゃない。浩志と一緒に居ると気が楽だったのに、なんだか落ち着かない。
私が黙り込むとそこから会話はなくなった。苦では、ない。だが、やはり心臓の音が喧しい。
どれだけ時間が経ったか。いつの間にか浩志は2本目の煙草も吸い終えていた。そっと彼が動く気配がする。はっと顔を上げると30センチがゼロになろうとしている。
「ひろ…、」
「…嫌か?」
なにが?キス?セックス?ぱっと頭の中が真っ白になる。なんなの、その顔。そんなセクシーな顔、今まで見せなかったじゃないか。身じろぐ間もなく、浩志のかさついた手が私の頬に触れる。
嫌じゃない。声には出さず、目を伏せた。そっと、戸惑いを感じさせながら私の唇に浩志のそれが触れる。煙草の匂いのぎこちないキス。離れていくのを察してゆっくりと目を開くと顔を赤くした浩志が俯いている。
「…俺はこれ以上はしない。藤を否定する訳じゃねえけど、やっぱりこれ以上はお前とちゃんとしてからにしたい」
キスってこんなにドキドキするもんだったっけ。藤くんのとろけるキスとは全く違う。どちらかというと下手くそなキスなのに心臓が破裂しそうな程に煩い。