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サイレントエモーショナルサマー
第31章 istinto

「はい、約束したからね。デスクへお戻りください」
「了解です」

そう言ったくせに皆の視線が向いていない隙をついて、頬にキスをして去っていく。力づくで藤くんを抑え込む浩志なくして彼を制御できる自信がない。猫以外はなにをやらされるのだろう。どきりとすると同時に、下半身がきゅんと疼く。

自分に呆れながら藤くんが放置した浩志の椅子を元に戻していると今度はミヤコちゃんがこちらへやってくる。どうしたの、と声をかけると彼女は鞄から一枚の紙を取り出して渡してくる。

「これは?」
「先週、花火大会の話したじゃないですか。ここ、浴衣のレンタルやってて予約取れたんでHPで浴衣の柄見てみてください」
「あっ…花火大会…ありがと。見ておくね」

しまった。週末の花火大会のことも忘れていた。受け取ったのは浴衣のレンタルと着付けもやっている店のチラシだった。お店のHPのURLが載っている。詳しく見てみるとどうやらレンタルした浴衣はそのまま着て帰って後日郵送で返却すればいいらしい。ほう、中々便利な店だ。

― 浴衣かぁ

浴衣で花火大会なんてのも経験がない。今年の夏は初めてのことがいっぱいだ。ちょっと楽しみだな、と思いながらも花火大会の開催は土曜日である。恐らく藤くんにとっては待ちに待った土曜だ。

私の浴衣姿でとりあえず猫プレイは後回しにしてくれと言ったら藤くんはどんな反応をするだろう。そんなことを頭の片隅で考えながら仕事を始めていく内に、そんな危惧はいつの間にか隅の隅に追いやられていた。

始業から数時間ばかり経って、仕事に区切りがついた頃に立ち上がると視界の端で藤くんも立ち上がったのが見えた。おお、今日は約束通り真面目に仕事をしたらしい。手を振る彼に手を振りかえして財布とチラシを手にフロアの出口へと向かう。
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