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サイレントエモーショナルサマー
第31章 istinto
◇◆
私は結局、バカ高いケーキを買うことになった。ほら見ろ、とにやついたチカと向かい合って食べたケーキは値段相応に美味だった。
浩志は火曜の夜だけでなく、その次も、昨晩も電話をくれた。こっちは雨だ、とか、蕎麦はやっぱりこっちの方が美味いとかそんな話を数分して、おやすみ、と通話を終える。浩志の低い声で紡がれる、おやすみ、はいつまでも耳の奥に残って心地よく眠りにつける。
食欲と、睡眠欲は満たされている。だが、問題は私にとって最優先の性欲だ。禁欲期間も終わった週末。今までだったら狩場にするバーの候補を絞っていただろう。その欲求をなんとか抑え込んでテイクアウトのアイスコーヒーを飲みながらの残業。中身はまだ半分以上残っているがストローはぼろぼろだ。
「都筑、ほどほどにして帰れよ。山田のあれなら週明けでもどうにかなるだろ」
かけられた声ではっとすると帰り支度を済ませた部長が立っていた。フロアを見回せば他の社員たちの姿もない。ついさっきミヤコちゃんと明日の待ち合わせ時間を確認して、帰っていく彼女を見送った筈だったのだが気づけばそれから2時間は経っていた。
キリの良いところまで進めたら帰ると告げると、部長はゼロ回るなよ、と言って帰っていった。
日付が変わっても社に残る場合は巡回の警備員さんに施錠用の予備カードキーを受け取り、施錠を確認してから帰らなければならない。これは暑気払いの日に初めて知った。流石にそこまでは残らずに済むだろう。
気合を入れ直そう。ぼろぼろのストローを駆使してコーヒーを飲みながらチカにまだ会社で何時になるか不明と連絡を入れる。カップをゴミ箱に放って顔を上げるとフロアの入り口に藤くんが立っていた。
「…帰ったんじゃなかったの?」
「今日、山田さんやらかしてたんで志保さん残業かなって思って」
こちらにやってきた彼はコンビニの袋と通勤用の鞄を手にしていた。一度は帰ろうとしたものの、引き返してきてくれたのだろうか。それにしては顔がちょっとにやついている。
「親子丼、いつも食べてましたよね」
俺も食べよっと、と幼く言って浩志のデスクにつく。並んで食事を取って、残りの作業を片付けた頃には22時を回っていた。