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サイレントエモーショナルサマー
第32章 scintilla
浴衣の着付けの後は5席横並びの化粧台に移動して髪を簡単にセットしてもらった。アップは辞めてくれと言ったのだが、私の浴衣の柄と頭部の形的にアップの方が似合うと言われ渋々受け入れる。
だが、おばちゃんは私の髪をあげた瞬間、鏡越しにちょっとにやりと笑った。
「そう言えば、成瀬ちゃんは声かけなかったの?」
「ああ…声かけたんですけど…見たくないからって断られました」
「あ、そうなんだ」
50分ほどで私たち3人の着付けとヘアセットは終わった。着てきた服は駅前のコインロッカーに預けようかなんて話しながら1階へと降りていくと待合スペースで村澤さんと藤くんが談笑している。
― これは…
村澤さんは濃いめのグレーにぽつぽつと柄が入った渋い浴衣姿だ。その向かいに座っている藤くんは明るめの地に濃い色の幾何学的な縞模様の入った浴衣を身に纏っている。旅行の際、宿の名前入りの浴衣を羽織った姿を見たときはこれといってなにを思うでもなかった。だが、今は、
― 藤くんの浴衣はちょっと刺激が強いな…
順番待ちの女性客の熱い視線が藤くんに向いているのがよく分かった。胸がドキドキし始めると私たちが下りてきたことに気付いた藤くんがこちらへ手を振る。そうすると店内の女性客の視線は見事に私たちの方へと向いた。
程々に良心的な価格の会計を済ませレンタル店を出る。花火がよく見える河川敷までは歩いて10分くらいらしい。だが、場所取りというやつはしていないのでミヤコちゃんおすすめの穴場スポットに行こうということになった。
「………」
他の社員たちと落ち合う為に一度駅前に戻ることになって歩き始めたはいいが、藤くんの様子がおかしい。ミヤコちゃんと森さん、村澤さんが3人並んで前方を歩き、その後ろについていっているのだが、やたらとそわそわしているように見える。こっちだって予想以上の破壊力にどぎまぎしているというのに。