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サイレントエモーショナルサマー
第32章 scintilla
3人は見てやしないからと普段のようにさっと手を取ってくれれば、私も普段通りに出来るのに。ぷうと膨れて藤くんを見れば彼は頬を赤らめて僅かに視線を逸らした。
「…どうしたの?」
「かわいすぎて直視できません」
そう言いながら戻ってきた彼の視線は私を上から下まで舐め回すように見ている。どっちだよ。
「藤くんもかっこいいよ」
「どきっとしちゃいました?」
「……した。少し」
「少し、って顔じゃないですね。ほっぺ、赤いですよ」
「赤くない」
「赤いですって」
「藤くんも赤いよ」
「それは志保さんがかわいいからですよ」
「……そういうのいい」
ふいと顔を逸らすと探るように藤くんの手が私の手を取った。きゅっと指を絡めて、それを持ち上げる。手の甲へキスをして微笑んだ顔にどきりとする。
「抱き締めたいです」
「…着崩れるからダメ」
「キスは?」
「み、ミヤコちゃんたち居るからダメ」
「じゃあはぐれましょうよ。一旦合流して、出店のほう行ったら混雑してるしはぐれたって平気ですよ」
歩きながら器用に私の耳元で、そしたらキス以上のことしますけど、と囁く。危機を感じて手を振り払い距離を取った。藤くんはすっかりいつもの調子を取り戻している。ずるい。
そんなこんなしている内に駅前に戻った。コインロッカーに衣類を預け終えた頃に2名の男性社員がやってきた。1人は私たちの部署の4年目の社員の東さんで、もう1人は違う部署の人だろう。見覚えがあるような気がするが名前までは知らなかった。
「都筑さん、綺麗ですね。浴衣よく似合ってます」
「あ、ああ…ありがとうございます」
あなた誰ですか、とは言えず曖昧に礼を言う。ミヤコちゃんの交友関係の広さにも驚きだが、所属している部署の人間以外まともに把握していない自分にも驚きだ。すまん、と胸の内で再び詫びて逃げようとすると彼はまたなにやら声をかけてくる。