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サイレントエモーショナルサマー
第32章 scintilla
「志保さん、みんな行っちゃいますよ」
矢継ぎ早に繰り出される声にたじろいでいると藤くんの声がすっと割って入ってきた。安堵を覚え、うん、と答える。一応、行きましょうと男性社員に声をかけてから藤くんの元へ駆け寄った。声を潜めて、あの人誰、と問うと森さんや山田さんと同期の香川さんだという。最近聞いた気がする名前だ。
計7名になって、あれやこれやと話しながら出店の立ち並ぶ方角へと歩いていく。先頭はミヤコちゃんと東さんと香川さん。その後ろの村澤さんと森さんはなんだか距離が近いように見える。そこから数歩遅れて私と藤くんだ。
「…なんか村澤さんと森さん距離近くない?」
「まあ、あのふたり付き合ってますからね」
「えっ…まじ?」
「気付いてなかったんですか?志保さんってほんと周り興味ないですね」
ってことは付き合って1年になるのにキスもしてくれない彼氏とは村澤さんのことだったのか。意外過ぎる。村澤さんは割と手が早そうに見えるのに。それだけ彼は森さんのことを大事に思っているのだろう。改めてふたりを見てみると村澤さんが森さんに向ける視線はなんだかあたたかな優しさに満ちているように見えた。
他の人から見て、藤くんが私に向ける視線もあんな風に見えるのだろうか。それから浩志が私を見るものも。少し、こそばゆい。村澤さんの視線の優しさに気づけたのはやはり藤くんのおかげだろう。
「藤!ねー、リンゴ飴買ってよ。予約増やしたっしょ」
「お前、フラペチーノじゃなかったの」
「んー今日はリンゴ飴の気分」
「じゃあリンゴ飴買ったらフラペチーノなしだけど」
「もし都筑さんがフラペチーノもリンゴ飴もたこ焼きも全部って言ったらどうすんの?」
「そりゃ全部買うよ」
時刻はまだ17時少し前で、19時からの花火の打ち上げまで余裕があったが出店の立ち並ぶ通りは人でごった返していた。慣れない場にきょろきょろしているとミヤコちゃんが駆けてきて藤くんの浴衣の袖を引く。気づけば村澤さんと森さんの姿がない。あのふたり消えたな。