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サイレントエモーショナルサマー
第32章 scintilla
リンゴ飴を藤くんに買わせたいらしいミヤコちゃんと藤くんの攻防を見ながら私は幼い頃に食べられなかった綿あめの屋台に興味津々である。ふらふらと歩いていこうとすれば、手を引かれる。藤くんめ、と思いつつ振り返ると香川さんが立っていた。
「綿あめ、食べたいんですか?」
ああ、そうか。森さんや山田さんと同期ということは私よりは年下なのか。掴まれた手をそっとはがし、こくんと頷きつつ口を開く。
「ちょっと買ってくる。みんなが探してたら都筑は綿あめ買いに行ったって言っといて」
「俺、買いますよ」
「ううん、大丈夫」
たった300円のお菓子でも名前もよく覚えていなかった相手に買ってもらうのは気が咎める。ちらっと藤くんの方を見ると彼はビール片手に戻ってきた東さんにまでリンゴ飴を買わされそうになっている。東よ、後輩の藤くんにたかるとは何事だ。
楽しげな光景を尻目にそっと人混みの中を抜ける。おぼろげな記憶だと綿あめと言うやつは白だけだと思っていたのだが、近頃のはカラフルだ。少し悩んで透明な大きな袋に白、ピンク、水色の3食が入っているタイプのものを購入した。3色だと500円らしい。いい商売だ。
みんながうろうろしていた辺りに戻るとすぐ見慣れた長身に気付く。こういう時、藤くんの目立ち加減は結構便利だ。綿あめ片手にご機嫌に藤くんの浴衣の袖を引くと振り返った彼は少し眉根を寄せた。
「見て、藤くん。最近のってカラフルなんだよ」
「良かったですね。でもね、離れる時は言ってください。探すでしょ」
「…ごめん」
「志保さんがストップかけてくれなかったから俺、東さんの分までリンゴ飴買わされましたよ」
「あれってさ、中身全部リンゴなの?」
「食べたことないんですか?」
「……ない」
「食べます?」
「ううん、こっちが食べたい。あ、あとね、かき氷と、焼きそば」
年甲斐もなく、私は見事に浮かれていた。苦手な人混みも気にならないほど今まで経験してこなかったことが新鮮で、広がる光景がきらびやかに見えたのだ。