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サイレントエモーショナルサマー
第32章 scintilla
「ちっちゃい子みたいに浮かれちゃって。あんまりかわいい顔しないでください。襲いたくなる」
「……ちょっと離れて歩いて」
「嫌です」
言うと同時に藤くんは私のうなじへと手を伸ばした。あ、と声をあげる間もなくぺりっと絆創膏をはがされる。
「こら!」
「…アップの髪型で、浴衣で、うなじに自分が付けたキスマークってのは凄い興奮しますね。今すぐ志保さんを食べちゃいたい」
にやにやするな!むっと藤くんを見上げても彼のにやにや笑いは深くなるだけである。もう、と言って離れようとすると迷いなく手を取られる。すっかり慣れた恋人繋ぎ。慌ててきょろきょろすると、誰も見てないですよ、と笑い交じりの声。
「あっち、行きましょ」
「……どうして人のいなさそうなところに連れて行こうとするのかな」
「分かってるくせに」
藤くんが指差した先は河川敷を外れた住宅街の方だった。記憶が正しければその方角には大きな公園があった筈だ。
「み、みんなとはぐれたらミヤコちゃんのおすすめのとこ行けなくなっちゃうよ」
「俺は浴衣の志保さんと一緒に居たいだけなんで花火はどうでもいいです」
「…私は花火見たい」
だめ?と首を傾げて見上げると藤くんが顔を赤くする。おや、効果があるらしい。藤くんと一緒に見たいんだよ、とダメ押しをかますと彼は私を人の少ない場所に連れ込むのを諦めたようだ。
「……その顔、ずるいなぁ」
「やった。私の勝ち。花火楽しみだな。浩志も間に合うかな」
「はい?え、なんで中原さんの名前が出てくるんですか?誘ったんですか?」
「えっ…あー、えっと誘ったっていうか…ミヤコちゃんたちと行くよって言ったら俺も間に合えば行くって」
藤くんの表情が険しくなる。まずい。特に何も考えずに浩志に花火のことを伝えたのだが、藤くんからすれば、自分の日にライバルが乱入してくるようなものだ。
「ごめん、藤くん…深い意味ないよ。それに、間に合わないかもしれないし」
「あの人が間に合わせない筈ないでしょう。はい、スマホ出してください。没収」
「…嫌だ」
「今日は俺の日でしょ」
「…迷子になったらどうする?」
「手、離さないんで迷子になんかさせません。はい、出してください」
藤くんは独占欲の申し子だ。そんな彼の機嫌を損ねてしまったのは私の安易な発言にある。