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サイレントエモーショナルサマー
第32章 scintilla
「ちいせえ男だな。リンゴ飴くらいで。中原さんだったら金出してこれで買ってこいって言ってくれるだろーな」
待て、東。その名前は今は禁句なのに!繋いだ藤くんの手にぎゅっと力が入る。藤くんは東の方を向いてにこっとしているだろうが、内心かなりイラっと来ているに違いない。
「分かった、いいよ。私が買ってくるから。ビールでいい?出店戻るよりコンビニのが近いかな?」
「いや、すみません、都筑さんに行かせるわけには」
「いいのいいの。私も咽喉乾いてるし」
今更そんな申し訳なさそうな顔しても遅いぞ。藤くんの手を外しながら立ち上がる。やっぱり俺が行きます、と香川さんが立とうとするが、ここで誰が行くかとモメられてもめんどくさいので私が行くから座ってろ、とどやした。
「俺も行きますよ」
「いいよ、すぐ戻ってくるから藤くんも座ってて」
「でも、」
「大丈夫だって。冷静になりました」
コンビニの方が近いらしいと教えてもらって石段を降りていく。ヒールのサンダルとは違う下駄の足音は耳に心地良い。降り切ってからてっぺんを振り返るとなにやら言い争っているような雰囲気だった。
暗い夜空を照らす鮮やかな花火をちらちらと見上げながらコンビニを探し歩いた。近所に住んでいるらしい人たちやカップルも歩きながら時折立ち止まって空を見上げている。
浩志は間に合わなそうだ。もし、仮に間に合ったとしても私には彼と連絡を取る術はない。
一際おおきな音が辺りに響いて、思わず足を止めた。こちらに迫ってくるように見える白い火花が美しい。
「…!」
惚けてそれを見ていると背後から口を塞がれ身体を引かれた。連れて行かれるまいと足に力を入れるが、両足から下駄が脱げて道路に転がる。藤くんじゃない。からん、と虚しい音を立てて投げ出されたそれが小さくなっていくのを視界の端で捉えながら路地裏へと連れ込まれる。