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サイレントエモーショナルサマー
第32章 scintilla

起き上がろうとする私を押さえつけ隼人が馬乗りになってくる。力任せに彼の身体を叩いても、彼は痛くも痒くもないようだった。

「ん!」

にやりと笑った隼人に唇を塞がれる。かさついた熱のない唇。歯を食いしばって抗っても強引に口内に舌を捻じ込まれた。応じてたまるか。私の舌を絡め取ろうとするそれを思いきり噛んだ。

「いってーな」

口内に滲んだ血をぷっと吐き出して私の浴衣の胸倉を掴む。ばしん、と乾いた音。頬に広がる痛みと熱。身体が竦む。思い出さなくなってきていた晶と暮らした日々の恐怖が雪崩のように脳内に浸透していく。

「しーちゃんさ、今さら自分が誰かにちゃんと愛してもらえると思ってんの?」
「うるさい!」

うるさい、黙れ。負けてたまるか。

「あのイケメンだってさ、今はあんたのこと好きだとか言って優しくしてくれてんのかもしんないけど、そんなの一生続かないよ。どうせその内飽きられて捨てられるって」
「黙れ!」
「愛情なんかいつかは風化すんだよ。そうなった時、あんたどうすんの?また寝言言って泣くわけ?いつか独りになるよ。しーちゃんはいつまでたっても独りきりだ」

ぶちん、と頭の中で音がした。腹の底からせり上がってくる熱に任せて隼人の身体を突き飛ばす。びくともしなかった重たい体躯が後ろに転がって彼は背後の木に頭をぶつけた。

目の前が真っ赤に染まっていた。うるさい、うるさい。こいつは絶対に許さない。藤くんの想いを、浩志の想いを嘲った。

起き上がって隼人の胸倉を掴んだ。息が荒い。頭の奥からじりりと嫌な痛みが襲い掛かってくる。

「俺は今、しーちゃんに向けてる気持ちがなくなってもずっと傍に置いてやれるよ。あんたと俺はよく似てる」
「あんたなんかと一緒にしないで!」

怒声を上げ、拳を振りかぶった。硬く握ったそれが隼人の顔にぶつかる寸前に背後から伸びてきた手が私の手首を掴んだ。怒りに乱れた呼吸のまま、はっと後ろを振り返る。
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