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サイレントエモーショナルサマー
第32章 scintilla
「お前は手、上げんな」
「浩志…、」
肩で息をした浩志が私を見下ろしていた。掴まれた手首が熱い。浩志の体温を感じるうちにゆっくりと呼吸が整っていく。炎のような赤が視界から消え去ろうとしている。
木の根元に座り込んでいた隼人の胸倉を掴んでいた手にも浩志の手が触れる。彼はそっと私を立ち上がらせると地面に放り出された巾着を拾い上げた。
「また違う男?まじであり得ないんだけど」
よろよろと立ち上がった隼人がきつく浩志を睨んで吐き捨てる。浩志は私の顔を見て、溜息交じりの息を吐くと隼人へと視線を向けた。
「女殴る方がよっぽどあり得ねえよ。力で女どうこうしようなんてダセェ真似すんな」
静かだが、とてつもなく威圧感のある声だった。私の位置からは浩志の後頭部と、ちらちら隼人の顔が見えるだけだが、その隼人の顔も酷く強張っているように見える。
浩志に声をかけようとすると彼はすっと動いて隼人の胸倉を掴み上げた。ぼそぼそと低くなにか言っているが、上手く聞き取れない。ぱっと浩志が手を離すと隼人は再びずるりと座り込んだ。
「…行くぞ」
私の手首を掴んで歩き出す。隼人は追いかけてくるような様子はなかった。ずきずきと痛む足で早足の浩志になんとかついていく。公園から充分に離れた頃には足の裏は痛いんだか痛くないんだかよく分からなくなっていた。
「藤はどうしたんだよ。お前、なんであんなとこで、」
人通りの多い辺りまでくると浩志はどこかほっとしたような息をついて私の手を離した。出てきた名前にきゅっと身を縮こませる。私は浩志にミヤコちゃんたちと花火を見に行くとしか伝えなかったが、藤くんが一緒であろうことは想像がついていたらしい。
「……ちょっと色々あって」
「色々ってなんだよ。つーか、お前、足どうした?靴…いや、下駄は?」
「引きずられてる時に脱げた…」
浩志の視線が私の足元へ向く。そっと足をあげて裏側を見てみると大小の傷があり、血塗れで酷い有様だった。道路に転がった下駄はもう回収できないだろう。
「…下駄、弁償かな」
「他に気にするとこあるだろ。くっそ…あの野郎…人のこと煽ったくせに目離しやがって…」
ごにょごにょ言いながら浩志はすっとしゃがみ込んだ。意図が読めず、首を傾げるとおぶされという。