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サイレントエモーショナルサマー
第32章 scintilla
「それ、家から着てきたのか」
「あ、これはレンタルで…服は駅前のコインロッカーに」
「ああ、だから下駄がどうって…荷物は明日取ってきてやるから。今日はもう着替えて寝ちまえ」
「な、なにもしないの?」
「…しねえよ。言っただろ」
「さ、さっきのは?」
「……あれは忘れろ」
眉間に皺を寄せ、寝室の方へ向かったかと思うと適当なTシャツとジャージを手に戻ってくる。ほら、と私の方へ投げてよこして彼はそのままリビングから出ていく。居ない内に着替えろと言う意味だろう。
折角、着た浴衣も脱いでから改めて見てみると土埃で酷く汚れている。クリーニングに出さなくては、と溜息交じりに畳んでから浩志の用意してくれた服を着た。
着替えを終えた頃にタイミング良く浩志が戻ってくる。こういうのは結構心地良い。色んな物事の間合いというかそういうのがよく似ているのだろう。
立ち上がってみると足の裏は少し痛んだが、砂利などを洗い流した為か歩けないほどではなかった。よたよたと洗面台に向かって顔を洗い、歯を磨く。私が置いていったメイク落とし兼用の洗顔フォームと歯ブラシがちゃんと残っていたのはなんだか嬉しい。
「おやすみ」
「ひ、浩志…、」
ベッドに横になると浩志は電気を消して寝室から出ていこうとする。無性に不安になって呼び止めると、部屋暗くしたまま枕元に近寄って、ベッドの縁に腰かける。
隼人の声が耳の奥で甦る。私はいつまで経っても独りだと言った、あの嫌な声が。