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サイレントエモーショナルサマー
第33章 ombra
― そんなの一生続かないよ。
ノイズ交じりの隼人の声が脳内で甦る。うるさい、うるさい。藤くんは優しい子だ。この優しさがいつか風化してしまうなんて想像したくもない。
「いたた…ちょっと、志保さん、力強いですって」
「…ごめん」
「そんなにしがみつていると今日も連れて帰っちゃいますよ」
顔を上げて藤くんの穏やかな表情を見つめる。私が変な顔をしていたのか、穏やかだったそれはどこか不安げに歪んだ。そっと私の頬に手を添えて、どうしたんですか、と問う声はやはり優しい。
言葉が上手く出てこない。胸に渦巻くものがなんなのかもよく分からなかった。言いよどむとそっと藤くんはキスをくれる。下唇を食んで舌先が歯をなぞった。開いた口に入ってきた舌に自分のそれを絡める。
「…もっと、」
「会社ですよ。いつもなら怒るのに」
「………」
「泣きそうな顔して。なんか嫌なことありました?中原さんになにか言われたとか」
嫌なことを言ったのは隼人だ。ふるふるとかぶりを振って、もう1回、とキスをねだると足音が聞こえてきた。藤くんは残念そうに私の身体を離して、優しく髪を撫でてくれる。
行きましょう、と促され給湯室を出た。足音の主はミヤコちゃんで彼女は私に気付くとこちらへと駆け寄った。
「おはよう。土曜、ごめんね勝手に帰っちゃって」
「いえ。急用って聞きましたけど大丈夫でした?」
「う、うん…まあ、」
どうやら藤くんはミヤコちゃん達に私が急用で帰宅したと説明してくれたらしい。曖昧な返事をしてから3人でフロアへと向かう。浩志が出勤してきていてデスクでなにやら作業をしているのが見えた。
「…昨日、ありがとう」
「おう。お前、足は?今日は社外出ねえけど…明日は多分動くぞ」
「ゆっくり歩けば大丈夫。ごめんね」
デスクにつき、浩志に声をかけながらPCを起動する。仕事に取り掛かれば雑談はほぼなかった。途中、藤くんが心配そうにこちらを見る視線を感じた以外は比較的平和な午前中と言えた。
平和と言ってもそれは部内の雰囲気であって、私の胸中は穏やかではなかった。正体不明のざわめきが必死に仕事に取り掛かる私に茶々を入れてくるのだ。苛立ってマウスを持つ手に力が入るとみしりと嫌な音が上がる。