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サイレントエモーショナルサマー
第33章 ombra
「お前、それ…マウス割れるぞ」
かけられた声に顔を上げるとコーヒーのカップ片手の村澤さんがちょっと引き気味の表情で私を見ていた。はっとしてマウスから手を離す。ふと隣を見ると浩志の姿はなかった。
「なに、中原と藤で悩んでマウス割りそうなわけ?」
「…むしゃくしゃしてるんで一発殴らせていただいてもよろしいですか」
にっこりと笑って拳を掲げる。焦り顔になった村澤さんは勘弁してくれと小さく言った。村澤さんには入社当時からこうやっておちょくられてばかりだ。彼は森さんにもこんな接し方をするのだろうか。そもそもどちらから言い出して付き合うなんて選択をしたのだろう。
今までであれば欠片も気にならなかったことが無性に気になる。うーん、と唸りをあげると村澤さんは手にしたカップに口をつけながら、なんだよ、と言う。
「村澤さん、今日、昼ってなんか約束あります?」
「ねえけど…たかるなら中原にしろよ」
「たかりませんよ。ちょっと聞きたいことがあるんですけど…」
「俺、弁当なんだよね」
「……森さんが作った的な」
「いいだろ。お前も弁当のひとつやふたつ作ってやれ。いいぞ、手作り弁当」
ホットケーキを丸焦げにする私に弁当なんぞ作れるのだろうか。ご飯を詰めるくらいなら出来るからおかずをどうにか誤魔化せばいけるか。いやいや、今は弁当などどうでもいい。
とりあえず数十分後の昼休憩の約束を取り付けると村澤さんはにやにやしながら自分のデスクへと戻っていった。
私が気付いていなかっただけで、村澤さんと森さんの関係はかなりオープンなようだ。彼は私がそれとなく言った弁当の作り手に関して隠したり誤魔化したりするどころか、いいだろ、と言った。社内恋愛なるものはもっとひっそり育まれているものだと勝手に思っていただけに村澤さんの返答は結構意外だ。