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サイレントエモーショナルサマー
第33章 ombra
詳しく聞けば、村澤さんは今朝一番で部長に捕まって異業種交流会という名目の飲み会の幹事を押し付けられたらしい。藤くんが居れば場が華やぐわけで部長がそこに彼を連れていきたがるのは納得だ。
結局、押し問答の末に飲み会に参加することを約束し、その後はひたすら村澤さんの惚気を聞かされた。森さんの得意料理は餃子らしく、世界で一番美味いらしい。食べてみたい。
会議室を出てから午後の仕事に戻る前にお手洗いに行った。用を足し戻ってみるとフロアの入り口辺りで成瀬ちゃんが中を窺っていた。総務の彼女がなにをしているのだろうと見ていると私に気付いた彼女は圧を感じる笑顔と共にこちらへと駆け寄ってくる。
「都筑さん、お疲れさまです」
「…お、おつかれさま」
「あの…これ、中原さんに渡して貰えませんか?」
そう言って後ろ手に隠していたものを私に押し付けてくる。可愛いラッピングの施されたカップケーキ。恐らく手作りだろう。
「………」
「いいんじゃないかなって、言いましたよね?」
うんともすんとも言わず押し付けられた包みを見ていると追い打ちをかけるように成瀬ちゃんが言う。はっと彼女を見るとにこりと微笑んでいるが、どこか挑戦的な顔つきに見えた。
「ひ、浩志…もうすぐ戻ってくると思うし自分で渡したらどうかな?」
「それじゃ意味ないんですよ」
どういうこと、と問おうとするとそれを遮るように、お願いしますね、と言って彼女は踵を返した。さっと小さくなっていく後姿を止めることも出来ず、ただ、見送った。
胸がざわつく。手の中のカップケーキを握り潰しそうになった。こんなもの、爆発してしまえばいい。なぜ、私が浩志に渡さなければならないのだ。苛々する。気に入らない。
息苦しさを感じ始めると肩に誰かの手が触れた。瞬きをしながら振り返ると心配そうな藤くんが私の顔を覗き込もうとしていた。
「どうしました?恐い顔してます」
「……自分が嫌な女になった気がして」
ざわめきが煩くて仕方ない。こういう時、どうしていたんだっけ。ぎり、と下唇を噛み締めると藤くんの指がそっとそこに触れる。