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サイレントエモーショナルサマー
第33章 ombra
「荒れちゃいますよ」
「……ん」
藤くんに抱き締められたい。甘い甘いキスが欲しい。くそう。ここが会社じゃなければ良いのに。ち、と舌を打ちたいのを堪えて藤くんのシャツの裾を掴むと、よしよしと頭を撫でてくれた。
デスクにつき、仕事を再開する前にチカに今晩は焼き肉を食べに行かないかとメールを送った。夕方までには返事が来るだろう。スマホを鞄に放り込んだと同時に浩志が戻ってきたのが見えてデスクの隅に置いたカップケーキに視線を移す。
「…眉間の皺取れなくなるぞ」
浩志に言われ、2本の指で眉間の皺を伸ばしながらカップケーキの包みを浩志のデスク側へ滑らせた。彼は不思議そうな顔でそれを手に取ってからじっと私の顔を見る。
「焦げてないってことはお前が作ったやつじゃねえな」
「……総務の成瀬ちゃんが浩志にって」
「成瀬?ああ、あの背の低い…」
ふうん、と呟いて包みをデスクに置くと何食わぬ顔で仕事に取り掛かった。ふんだ。どうせ私はなんでも焦がす女だよ。でも、今はチカの家に居るから彼女が見ていてくれれば私にだってカップケーキのひとつやふたつ作れる筈だ。もし、焦げたとしても浩志は申し訳程度にしか口にしないかもしれないが、藤くんはきっと美味しいと食べてくれるだろう。
「じゃあ、また明日な。おつかれ」
「ん。おつかれ」
わしゃわしゃと私の頭を撫でてから浩志はさっさとフロアから出ていく。綺麗に片づけられたデスクの上、カップケーキの包みは姿を消していた。持って帰るのか。ちりちりと後頭部が痺れるのを感じた。
ふるりとかぶりを振って鞄からスマホを取り出すと新着メッセージの通知がある。チカちゃん、店は選ぶよ、なんて思いながら届いたメッセージを開く。
「……まじか」
チカからの返事は仕事が長引いて終電になりそうだから焼肉に行きたいなら浩志か藤くんと行け、というものだった。がっくりと肩を落とし、了解、と返事を送ってスマホを鞄に放り込む。浩志を呼び戻すか。それとも藤くんに声をかけるか。3人で行けばカオスなことになりかねない。