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サイレントエモーショナルサマー
第34章 psicologia
◇◆
どうやら私は挙動不審らしい。30分程度の朝会の最中に部長や村澤さんに何度もそわそわするなと笑われた。すみません、と返して視線を彷徨わせると呆れたように優しく微笑んでいる浩志と目が合う。お前のせいだ。浩志が余計なことを言ったから慣れないことをしてしまって落ち着かないのだ。
チカのお助けの甲斐あって全敗中だった卵との戦いについに勝利した。卵焼きの黄色を今朝ほど美しく感じた日はないだろう。
大きめの容器に綺麗に卵焼きとから揚げ、それから彩りに野菜を詰め込んで、ご飯は鮭フレークを混ぜ込んだおにぎりにした。朝6時から始めた弁当の乱は私の完全勝利で幕を下ろしたのである。
だが、問題はその先だ。もし、私が可愛い女の子であれば、今日はお弁当作ってきたんだよ、なんてさらっと言えたかもしれないが、私は昼休憩が差し迫る中、藤くんにも浩志にも言い出せずにまごまごしている。
似合ってねえことしてんなよ、と笑われやしないだろうか。いきなり弁当なんて頭でも打ったのか、と浩志なら言いかねない。
「……お前、なにに追い詰められてんだよ」
顔、強張ってる、と浩志の声。別に、と小さく返して自分で顔をもみもみ。朝会後から取り掛かっていた作業はキリの良いところまで進んでいた。浩志も作業は一段落しているようで昼休憩を取るべく財布を取り出している。
「あ、あのさ…浩志、きょ、今日ね、」
「志保さん、今日近くに出来たカレー屋に行こうって津田とかと話してたんですけど一緒にどうですか?」
弁当を作ってきたのだ、と浩志に言いかけた私の声を遮って藤くんが声をかけてくる。顔を向けると財布片手の藤くんの後ろにミヤコちゃんと東の姿がある。
藤くんにも言い出せなくなってしまった。今日に限ってメニューが決まってるなんて。
「えっと…私、今日持ってきてるから…ま、また誘って」
「じゃ、明日はランチ行きましょうね。いってきます」
「うん、いってらっしゃい」
藤くんたち3人を送り出し、息をつく。もういい。いっそ3人分食べて午後は眠気と闘いながら仕事をするさ。やっぱり慣れないことはするんじゃなかった。そもそも弁当やカップケーキを作る前に私は物件を探さなければならないのに。